「つくる」と「つかう」の考え方

あるものをつかって、足りなければつくって、【まちづくり】から【まちつかい】へ。

「関係ない」が連れて行く不幸な社会

                                             

「例えば、自分の仕事がA〜Eまでですよと言われた時に、F〜Zは無視していいものか。」

 

ジブンゴト

流行り言葉にも思える「自分事(ジブンゴト)」という言葉について、今更ながらすべての根本にあるのだ、と認識しています。
私の仕事はURA(University Research Administreater)といって、一体何のことやら、誰にもわからない名前です。
評価も無ければ、昇格降格もない、どれだけ時間が経っても、時間をかけても、頑張っても頑張らなくても、給与が上がることも下がることもないし、ひどく平坦なものです。
仕事の範囲はあるようでなくて、常に手探りしながら、たくさんの小さな分岐を選び続けています。
 

なぜここで働くか

そんな時、「なぜ明石高専のURAとして働くか」を突き詰めていくと「自分事(ジブンゴト)」に当たるのです。私は2008年に明石高専を卒業しました。つまり母校で働いています。学内の半分が恩師や知った顔という非常に恵まれた甘い甘い職場環境です。
高専で働こうと思った一番の理由は「つまらなかったから」です。5年間を過ごした学び舎には、良い思い出も悪い思い出もあり、私の人生を語る上で無くてはならないものです。一方で、5年間を振り返ると、なんとも言えない気分になります。極端に限られた人間関係の中で、少し長く生きただけの先生たちの強い価値観を受けて暮らしていたのが嫌だったのでしょう。卒業して、いろんな人に会えば会うほど、いろんな場で経験を積めば積むほど、その思いが強くなります。
 
偶然にも私が雇用された2013年10月から明石高専ではいろんな出来事が起こります。
アクティブ・ラーニング拠点校の指定、グローバル高専モデル校指定、文部科学省大型補助金採択などなど。今もなお、心地よい外圧がかかり続けた状態です。
当初は1年ぐらいの腰掛けのつもりが、「これは高専をおもしろくできるチャンスかも!」と思い、このチャンスを逃してはならない、できることは全部やろう。と思った時が「自分事(ジブンゴト)」スイッチが入った瞬間です。
 

「関係ない」人たち

クラス担任もなく、部活顧問もなく、授業もない私の動きには批判もあるし、面倒だなーと思うことの方が多いです。2年間高専で暮らす間に気づいたのは、いろんな【出来事】が起きた時、人はどう行動するか?
今のところ(明石高専の)人は4つに分かれることがわかりました。
・「やってみるか」と言う
・「それって何?」と聞く
・「私には関係ない」と言う
・「無視・知らない」フリ
 
この中でまずいなーと思うのは「私には関係ない」と言ってしまう人たちです。自らの職場に外圧がかかっている時に「関係ない」ってありえないんです。すべて関係ある出来事なはずです。でも、どうしたものか「関係ありません」と言えてしまう場合が多い。これは、個人の問題なのか、組織の問題なのか。よくわからないなと思っています。民主主義をベースにした市民社会において「参加」は必須条件なはず。「関係ありません」は参加を拒否しているわけで、それが増え続けると民主主義の時代に不幸な社会を招くのではないか?と思っています。
 
なんで、ここまで「参加」を避けるようになってしまったのか。
自戒の念も込めて、学生にはできるだけ「前のめり」でいてほしいなと思っています。
 
私たちは教育現場という未来のヒトを育てられる現場にいます。
そこには強い責任があると思っています。