「つくる」と「つかう」の考え方

あるものをつかって、足りなければつくって、【まちづくり】から【まちつかい】へ。

馳プランに想う。

1/25付で「次世代の学校・地域」創生プラン~学校と地域の一体改革による地域創生~」という中教審答申(H27年12月21日)へのアクションプランが策定された。
馳プランは以下の【3本の矢】が中心である。
●地域と学校の連携・協働に向けた改革(コミュニティ・スクール、地域学校協働活動の推進)
●学校の組織運営改革(「チーム学校」に必要な指導体制の整備)
●教員制度の一体的改革(子供と向き合う教員の資質能力の向上)
無論、初等中等教育に向けたメッセージであるので、高専は関係ないでしょ。って。でも、将来高専に入ってくる学生は、こんな環境で育った人たちなのでしょう。
 

どう関係をもつか

今回、注目したのは地域と学校の関係性について。
「地域とともにある学校」という言葉が使われているように、学校と地域の関係を「支援」から「連携・協働」への転換を狙っている。
 
地域の人でもあり、学校の人でもある、私の立場からすると、「どうやるのかな?」というのが正直な感想。絵には地域側に「地域コーディネーター」がいて、学校側に「地域連携の中核を担う教職員」がいる。彼らが連携しながら「地域とともにある学校」をつくるらしい。学校の社会はとても閉じていて風変わりだと思う。物事の進み方・進め方が地域とは違う次元にある。そもそも地域と学校、どちらが主語になるかで、その捉え方は大きく変わる。
 
それぞれに担当者をつくってすすめるのではなく、その「間に入る人たち」がいるべきでは、と思う。この名前も具体性もない人たちが地域・教育・学び・学校・まち・くらしなどなどをひっくるめて扱うことが双方に効果的にはたらくのではないだろうか。地域との関係は、学校組織の運営にも教員制度にも少なからず影響を与えるはずである。
 

穴を埋める

学校にも、【風の人】が必要だと思う。
SHIMANE PROMOTIONの三浦さんは「穴を埋めるのが僕の仕事」と自分の仕事を言う。これまでの組織・集団にとらわれない、「穴を埋める人」が、近い未来のの橋渡しになるのではないだろうか。

 

そこの主役は誰か

地域は誰のためにあり、誰がくらすのか。
学校は誰のためにあり、誰がまなぶのか。
まなびとくらし、まち、地域の関係が近づいてきた。