「つくる」と「つかう」の考え方

あるものをつかって、足りなければつくって。まちのつかいこなし方の考え方。

学校教育が変わらなければいけない理由

8月5日。目黒雅叙園にて「アクティブラーニング×7つの習慣」というカツ丼×チャーシュー麺みたいな重めの勉強会があった。そこで小林昭文先生のレクチャーがあり、とても納得した。これまでどんな文章を読んでも眉唾な感じだったが、今回は「うん。なるほどなー」といえる内容だった。

 

彼が話したのは、産業の変化と教育の関係。彼のスライドを参考にして、私なりにまとめるとこんな風。

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現在は工業化社会から知識基盤社会への移行期であって、これは家内制手工業から工業化への変化と比べられないほど大きな変化であると。もっと言えば、明治維新、太平洋戦争よりも大きな変化だと話された。

知識基盤社会という言葉は文部科学省も「生きる力」とともに使っている。

中央教育審議会 初等中等教育分科会(第55回)・教育課程部会(第4期第13回)合同会議議事録・配付資料 [資料3−1] 2.現行学習指導要領の理念−文部科学省

では工業化社会から知識基盤社会になると何が変わるか。小林先生の後に話された竹村氏は2つのボートの絵を使って例えていた。

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とてもわかりやすい。知識基盤社会は、下手をすると転覆するし、先の見えないところへ向けて漕ぎ出さないといけない。その時大切なのがチームワークである。

小林先生はこんな風にレクチャーの最後を締めくくった。「本の学校教育は「工業化社会」の中で大成功した」これ戦後に中堅技術者育成のために設立された高専の事言われてますよね!

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更に話題は生涯学習へも展開し、「学び・働く」の関係性が変わっていると。これまでは学校での学びが全てであり、それを活かして働くのが普通であったが、これからは学校は準備期間。いかに学び続ける姿勢・能力を身につけられるか。そしてこのために、学校教育はどのように働きかけられるか。

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最近多くの人と議論をすると教育学校教育は異なる次元の言葉だと感じる。高専も「学校教育」としてどのようなことが可能か。

ポストインダストリーを考えることは、教育についても深く考えることである。私達は、荒波の中、多様性を認め、全員が異なる動きをしてもなお、大きな船を少しづつ前進させなければならない。そして学生が飛び出す水辺は更に激しく揺れ動いている。